「五十肩」になりました。

どうやら僕、

「五十肩」

というものになってしまったらしいです。。。

 

 

2週間ほど前から、

右肩の内部の間接周辺がうっすらと痛み出して、

 

頭をさわろうとして

右手を頭の上あたりまで上にあげるときや、

 

飲み物を飲むときに

頭と上体をやや斜め上にしながら右手を口元まであげたりするときに、

 

かなりの痛みを感じるようになってしまいました。

 

 

そして最近、

しまいには、

うつらうつらと寝ているときに寝返りをうつときでさえ

かなりの痛みを感じるようになって、

寝返りをうつのさえ怖くなる始末です。

 

枕元でウンウンと唸ってしまうときさえあります。

 

 

たぶん、

これが「五十肩」というものだろう。

そう思って、

一応調べてみました。

 

五十肩

症状

五十肩(ごじゅうかた、英: frozen shoulder)は、肩の痛みと運動制限をきたす疾患。四十肩とも。正式には肩関節周囲炎(英: shoulder periarthritis)という疾患群のことで、肩関節の周囲に起こる炎症のこと。従来は腱板損傷や石灰沈着性腱板炎なども含めて五十肩と呼んでいたが、近年では原因のあきらかな疾患は五十肩に含めない。すなわち、・肩に疼痛(痛み)と運動障害がある、・患者の年齢が40歳以降である、・明らかな原因がないという3条件を満たすものを五十肩と呼ぶ。

 

らしい。

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

 

ちょっと難しく感じる医学的な言葉も含まれていて一瞬???ですが、

使用されている漢字から読み解くと、

僕の肩は「五十肩」と呼ぶものらしいです。

(漢字は意味がそこそこ分かるので便利ですね。)

 

ありがたいことに治療法も載っていました。

ウィキペディアさんありがとう。

 

治療

炎症期(初期の疼痛が強い時期)は肩を無理に動かすことを避け、肩の保温を図る。拘縮期(拘縮が完成する時期)には温熱療法を行う。また、症状にあわせてストレッチやコッドマン体操(アイロン体操)を行う。拘縮が和らいできたら肩の運動を徐々に増やす。五十肩は、腰痛、外傷性頸部症候群などとともに健康保険で鍼治療が受けられる6つの疾患の一つである。薬理的な治療としては、関節へのヒアルロン酸もしくはキシロカインの注射が行われる。この際、ジアゼパムをあわせて服用すると、短期間(炎症期からおよそ2週間から1ヶ月)で日常生活に支障が無くなる程症状は緩和される。ジアゼパムによって症状が回復する傾向が見られるのは、関節だけの障害だけでなく周辺筋・腱の炎症が関連していると考えられる。[要出典]ステロイドの関節への注射は最大2ヶ月が限度とされる(それ以上投与すると腱の劣化が起きる為)。ジアゼパムの抗不安作用に対する耐性は誘導されない為、こちらも向精神薬的側面から長期の服用は依存症をもたらす恐れがある。しかし、激痛を緩和し肩の可動範囲を発症前にほぼ戻すのに必要な期間と、薬剤の投与可能限度は一致する為、重大な問題は無い。

 

 

こちらも途中からよく分らない専門的なカタカナ用語が多く登場してきましたが、

まぁ、言っていることとしては、

 

軽いうちは、

”無理をせず、温めれば良い”

ということ。

 

治療するなら、

”健康保険を使って治療が可能”

ということ。

 

そして、

”よく分らないが色々な薬がある”

ということ。

 

 

あぁ、専門用語、

税理士としても、

お客様との会話の中で気をつけないといけませんね。

 

 

 

健康保険料は年に何十万円も払っているけど、

僕はめったに医者にかかることがなく、

せいぜい年に1、2回くらいかな。

0回って年もあるくらい自称健康なのですが、

五十肩があまりに痛むようであれば、

遠慮なく病院にかかることにしようと思います。

 

 

さて、

五十肩で思い出したのが、

父親が、昔、

実家の玄関付近で、

「アイタタタ」

と言いながら、

五十肩であろうどちらか一方の手が挙げられなかった光景です。

 

 

そのとき父が50歳だったとして、

自分の年齢を逆算すると、

そのときの僕は、二十歳手前、

つまり

大学生の頃だったかな。

 

実家に住んでたので、

まぁその頃で合っていると思います。

 

で、

五十肩であった父親の

「アイタタタ」

という光景を、僕はこころよく思って見ていませんでした。

 

「手なんて、普通は、上がるのが、当たり前じゃん」

と。

 

実際、大学生の頃の僕は、

学校でも、バイトでも

ガンガン体を動かしていて、

普通に動くのが当たり前と思っていたので、

健康的弱者のことなんて

ちっとも気を配っていなかったと思います。

 

だから、

父親の肩を挙げられないような恰好は

「肩くらいで情けない」

とすら思っていたのかも知れません。

 

 

僕は、小さい頃、

夕方暗くなってきても、

無灯火で自転車を走らせていたような

バカな子供でした。

 

だって、

「多少暗くてもコッチからは全然見えるじゃん。」

と。

逆に暗くて僕のことが見えない他の通行人やドライバーのことにまで

気が回っていなかったのです。

 

(自転車の灯火は、自分の存在を他に知らしめるため、ということすら分かっていなかったのです。)

 

 

そのうち、受験勉強やら、テレビゲームやらで

視力が低下してきて、

ようやくそのバカに気が付きました。

よく見えん、、、と。

 

 

 

そして、今回の五十肩。

 

当時の父親と同じくらいの年齢に近づいてきて、

今じゃ、同じように、

「アイタタタ」

ってなっているのです。

 

 

人間って、

自分が経験していない他の人のことを

理解するのってなかなか難しいものです。

 

本を読んで知識を広げたりすることはもちろんできますが、

体の具合とか、

痛みとか、(心の痛みも含めて)

体の不自由さとか、

 

このように知識じゃないものって、

自分が経験しないと

なかなか理解するのが難しいのだと思いました。

 

 

だったら、どうするか。

 

仕方ない、

で済ませるのか。

 

いやいや、

子供の頃の”無灯火自転車”と

今回の”五十肩”で

少しは凝りました。

 

 

心も体も自分本位に考えずに、

たとえもう少しでも、

他の人のことにも気を遣わなければならないなぁ。

 

たとえもう少しでも、

他の人のことにも耳を傾けないといけないなぁ。

と思った次第です。

 

そして、こういった姿勢は

日頃の訓練だとも思います。

 

 

 

論語の孔子の言葉にもあります。

 

・六十にして耳順う
・七十にして心の欲する所に従って矩を踰えず

 

これからは、こういう人間になれたらカッコイイなぁ。

 

 

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