仕事のやらされ感がないようにするには。

仕事のやらされ感がないようにするには。

 

会社に勤めていたときには、

やらされ感のある仕事がそれなりに多くありました。

 

本当は、したくはないんだけど、、、

でも、僕がしなくちゃならならない、やりたくないけど仕方がない、というような仕事です。

言葉は悪いですが、

上から降ってくる、というような感じの仕事です。

 

これは受け止め方の問題でもあるのですが、

こういう仕事の受け止め方をしてしまう心の状態のときには、

正直仕事をするのがつらくなってしまいます。

 

誰かの尻ぬぐいもそうですし。

(自分のことは棚に上げてですが。)

 

べつに、尻ぬぐい自体がつらいのではなく、

尻ぬぐいには、楽しい尻ぬぐいというものもあります。

 

自分が誰かの役に立っている、貢献できている、と思えるときには

楽しい尻ぬぐいです。

(このときは、あからさまに楽しさを顔には出せませんが。)

 

でも、

なんで僕がしなきゃならないの、、、ババくじ引いた、

みたいな心の状態のときには、

その尻ぬぐいは、つらいというほかありません。

 

自分に決定権がない、決裁権がない、という仕事についても同様です。

この備品を買ってもよいかどうかのお伺い、

このスケジュールを入れてもいいかどうかのお伺い、

この日は休んでもいいかどうかのお伺い、

これらも、

やらされ感、というわけではないのですが、

決定権がないという意味では同類のものでした。

鎖につながれた象ではありませんが。

そのうち、

トイレに行ってもいいかどうかのお伺いまでしてしまいそうで。

 

じゃあ、

独立したらこれらの悩みのすべてが解消されるのかどうか。

 

解消はされるでしょう。

 

でも、注意は必要だと思います。

 

独立して、

いくらやらされ感がなくなったとしても、

いくら自分に決定権があったとしても、

 

もし仕事に追われるようになると、

独立してても、会社勤めと同じような状態になってしまうのでは、と思っています。(たぶんですが。)

 

仕事には期限があるので、

もちろん期限を守らなければならないというもの(一種の追われる感)はありますが、

その期限がいつかどうか、間近かどうか、ということよりも、

少しずつスタートを先延ばしにすればするほど、

手が付きにくくなって、

心理的な負担が大きくなって、

いつの間にやら、

仕事が多いのか、少ないのかに関係なく、

(もちろん多ければ多いほどでしょうが)

仕事に追われるようになって、

その結果、やらされ感が生じてきてしまう可能性があります。(と思います。)

いくら独立して仕事をしてても、このように自分で蒔いた種によって、

やらされ感が出てしまう可能性があることには注意が必要だと思っています。

 

では、どうすればいいのか。

 

その答えは、

すぐに手を付けることだと思います。

スタートを先延ばしにせずに、

ハシリだけでも手を付けるというのでしょうか。

たとえ少しだけでも仕事のとっかかりをつけておくと、

次の手が打ちやすく、

心理的な負担もなくなり、

やらされ感は生じにくくなるかな、と思っています。

 

 

こうして今思い起こせば、

実は、これは会社に勤めていたときも同じでした。

 

決定権、決裁権の問題は、

組織で仕事をする以上、それに従うことになってはしまうのですが、

 

やらされ感があるか、ないか、については、

会社に勤めていたときでも

すぐに手を付ける、ということで

かなり解消されていたと思います。

 

たとえ上から降ってきた仕事(言葉は悪いですが)であっても、

すぐに手を付けると、

自分ごととしてとらえられるし、

主体は自分なんだという感覚ももつことが不思議と?できていたように思います。

自分との一体感が持てたというのでしょうか。

シンクロしたというのでしょうか。

逆もまた然りで、

自分ごととしてとらえる、

主体は自分なんだという感覚をもっていれば、

自然とすぐに手を付けることが不思議とできたものです。

 

このような経験上、

うまい具合に心と体が一体になって力が出せるように

自分なりにこれからも気を付けていきたいと思っています。

 

 

 

ご覧いただきまして誠にありがとうございました。

 

もしも、たくさんの仕事に追われるようになったら、ということも含め、

会社勤めのときのことを思い出しつつどうすればよいかを考えてみました。

もしも、です。