制約への感謝の想い

僕は、やることが多いときよりも、

やることが少なくなったときのほうが、

本当の頑張りどきなのかな、

と思っています。

 

そのようなことを、過去の記事にも書いていました。

「集中期を抜けたときに僕が気を付けておきたいこと」

 

 

集中期には、

僕なりにではありますが、

いろんなことを進めることができます。

これには、

進めざるおえない、

という事情もあるのですが。

 

僕の過去を振り返ってみると、

結果として、ぐんぐんと進めることができたのは、

いわゆる繁忙期が多かったかな。。。

 

それはそれでよいことだけれども、

ある意味、これを改めないと・・・

ということを、

自分に向けて言っているのが、

僕の過去記事になります。

 

よく、

なにかものを頼むときには、多用な人に頼め、

なんてことも書かれていますね。

それも言い得ているよな、と感じています。

 

 

やることが多いとき、

集中するとき、

というのは、

なにも、仕事に関することばかりではありません。

 

人によっては、

地域のこともあるでしょうし、

ご家族(お子様、介護など)のこともあるでしょうし、

そのほかにも、なんなりとあるでしょう。

 

 

こういったことのすべてを一種の”制約”ととらえるならば、

そのような制約があればあるほど、

それはそれで、

いろんなことが上手く進むことが多いように思います。

こちらも先ほどと同じく、

進めざるおえない、

という事情もあるのですが。

 

 

制約には感謝。

 

僕の場合には、

地域にも、

家族にも。

 

地域では、

5月から、僕は、氏子総代の役になり、

神社のお手伝いが始まります。

町内的には、”手伝い”なんていう表現にはなるのですが、

僕にとっては、

奉仕させていただいている、

といった仰々しい表現のほうがしっくりきます。

 

 

家族の存在も。

 

これをつきつめれば、

 

よくぞ、

僕と同じ時代に生まれてきてくれました。

ありがとう。

 

ということでしょうか。

 

 

こ、

 

これは

いかん・・・

 

年をとったのだろうか、

涙もろくなるもので。

 

 

 

 

 

ご覧いただきまして誠にありがとうございました。