ブログを書くのは難しい。そして、楽しい。

ブログを書くのは難しい

 

文章を書くのは、

リアル以上に気を使う場面が多いものだと感じるときがあります。

 

リアルに人と会って話したり、

また、リアルではなくオンラインであっても、会話が成立する環境にあるなら、それもリアルに含めるとして、

 

リアルであれば、

リアルさなりの、一定の緊張感自体は、僕には生じます。

 

ただ、

リアルであるぶんには、

相手の顔色や、表情、会話のやりとりから、

・誤解かな

・そんなつもりじゃなかったのよ

ということへの対応が、

まだやりやすいと感じています。

 

お互いに、

言い直しも、

聞き直しも、

可能と言えば、可能なことであり、

誤解が生じた場合の修正が

文章よりは、まだやりやすい面があるかなと、

感じています。

 

 

しかし、文章では

なかなか、そうもいきません。

 

ましてや、ブログは、

メールやラインなどと違って、

言葉のキャッチボールのような、

お互いのやり取りが約束されているわけではありませんし。

 

そんなことから、

僕はブログ(書くこと)に対して、

リアルさ以上に気を使うことが多いと感じています。

 

しもた・・・

 

みたいなことも、

連ちゃんしてしまったり。。。

 

 

だから、

結構気を使うことにはなるのですが、

 

気を使うとはいっても、

僕には、

それは決して、ツライということではありません。

 

 

ブログには、

書く人の人間味があらわれている、表現できる、

と思えるところがあるからです。

 

文章を拝見していると、

それも、何回も何回も拝見していると、

その文章を書いている人の

人間味を感じることができます。

 

まだ会ったこともない人であっても、

どんな方なのか、

その人の価値観、

空気感(オーラみたいなもの)も含めて、

なんだか分かるような気になってきます。

不思議と。

おおかたハズレではないでしょう。

 

ときには、キレイな言葉を使っていても、

ときには、きたない言葉を使っていても、

それを書いている人の持つ”素”の部分が行間ににじんでいるように感じます。

 

そういったことが、

僕には、楽しく感じるのです。

 

 

僕がそう思うのだから、

おそらく、

逆の立場になったとき、

すなわち、

どなたかが僕の文章を幾つか読んでいただいたときも、

少なからず、同じようなことがあるんだろうなぁ、

なんてことを、僕は想像しています。

 

 

僕がブログを書いていて、

なんども経験した、

しもた・・・

やってもた・・・

に、めげることなく、

 

僕がブログを続けている理由の一つには、

こういった”素”の表現が可能だと思うことへの楽しさを

一人感じるところもあるからです。

 

 

ブログを書くのは難しい

 

そして

ブログを書くのは楽しい

 

 

 

 

 

ご覧いただきまして誠にありがとうございました。

 

今日のお昼は、とある花見の席にご一緒させていただきました。

桜は、すでに葉桜になりかけてはいましたが、

皆さんと一緒に仕出し弁当を楽しみました。

屋外とはいえ、いちおう、ルールは黙食で。

花びらが弁当箱に、ひらひらと。

うーん、幸せー。

 

夕方はセミナー受講で外出。